2014年10月9日木曜日

マイウェイ MY WAY



マイウェイ MY WAY
シンガーソングライター、ポール・アンカがシャンソンに英語の歌詞をつけた<MY WAY マイウェイ>は「私の道」ではない。「わたしのやり方」だ。

和製英語に慣れ親しんだ身にはつい「私の道」が横切る。
この違いを正確にとらえていないと、セックスピストルズのベーシストのシド・ヴィシャスが歌った<MY WAY マイウェイ>の意味が怖いくらいに全く違ってしまう。

マイ・ウェイ
そしていま終焉も近づき

私は最後の幕に向かう

友よ、君に伝えたい

自信をもって伝える

充実した生涯をおくり

どんな道も通ってきた私だが

けれど何よりも、それ以上に

自分なりのやり方で生きてぎたと



後悔、もちろんいくつかある

しかしあえて言葉にするほどはない

やるべきことは全て
誰の力も借りずにやりとげた

一つ一つ計画をたて
一歩づつ慎重に歩んでぎた

けれど何よりも、それ以上に
自分なりのやり方で生きてきたと



そう、確かに時には

己れの力以上の事をこころみた

しかし迷いがあっても

もがき、苦しみ
立ち向がい、誇りを失わず

目分なりのやり方で乗り越えた



人を愛し、笑い、泣きもした
みたされ、別れも味わった

悲しみも癒えたいま

目分目身に驚いている



たくさんの事を経験してきたのだと

恥ずかしがらずに
私らしく堂々と
云おう
、自分なりのやり方で生きてきたと



男とは何を持っているのだろう?

自分以外には何もない
他人の言葉ではなく
己れの感じるがままを述べるべき
軌跡が証明する、私は正しかったのだと

自分なりのやり方で生きてきたと

軌跡が証明する、私は正しかったのだと

自分なりのやり方で生きてきたと

MY WAY

And now the end is near
So I face the final curtain
My friend l'll sav it clear
l'll state my case of which l'm certain

l've lived a ife that,s full
l've traveled each and every highway
And mare much more than this
l did it my way

Regretsi I've had a few
But then again, too few to mention
l did what I had to do
And saw it through without exemptian

l planned each charted course
Each careful step along the byway
Oh, clnd more, much more thon this
l did it my way

Yes there were times, l'm sure you knew
When ! bit off more than I could chew
But throvgh it all when there was doubt
l ate it up yeah and spit it out
l faced it a:1 and I stood tall
And did it my way

l've loved. I've laughed and cried
l've had my fill,my share of losing
And now as tears subside
l find it all so amusing

To think I did all that
And may I say, not in a shy way
Oh no, no not me
l did it my way

For what is a man, what has he got?
If not himself, then he has not
To say the words he truly feels
And not the words the world reveals

The record shows I took the blows
And dld It my way
The rocord shows I took the blows
And dis it my way


その実像がどうであれ自分の支えになったミュージシャンの「わたしのやり方」とは思えない死は、ぽっかりと穴のあいた悲しみに通じる。
もう待ちわびるものがない空虚が悲しい。

特に突然に、予期しない形で、しかもあり得ないと思うミステリアスな別れ方は、痛みも大きくその分支えの大きさもより大きく感じる。

ZARD(ザード)というユニットの作詞・ボーカルを務める坂井泉水というミュージシャンの訃報がメディアから飛び込んできて、そういえばと、エルヴィスと複数のロッカーたちを思い出させる。


コンサートで観たといっても、「会った」とはほど遠いこと。
もともと会ったことがないのだから死のうが、スキャンダルで消えようが物質世界の次元で考えたら同じことだ。

だがもともと支えという精神界の次元のことだから、そう割り切れるものではなさそうだ。
ただそれが行き過ぎると自他境界の脆さを露呈するかのようで不気味でもある。
自分も肯定できなければ他人も肯定できない閉塞感が痛い。

記者たちを前にしたインタビューで「イメージのようには生きていけない」と語っていたエルヴィスの健全さが懐かしい。
だから派手なジャンプスーツを着てステージで躍動を可能にした。
そして、自身の唄にあるように、TOO MUCH なにかにつけてやり過ぎた。
驚きのまま映像のエルヴィスは<マイウェイ>を歌う。 映像はそのままモノクロの若いエルヴィスに転調する。
音は<マイウェイ>が続いている。時の経過をいやでも感じさせる。

それはエルヴィス、あなたのやり方だった。
そして受け入れられないことを受け入れる覚悟をして、受け入れるすべてを受け入れて立っている姿こそ最も美しいエルヴィスのように思える。

それは奇異であり、慈愛であり、献身であり、感謝だ。
人生の外的な要素をいじるだけでは人は幸福になれない。
エルヴィスは叡智の必要にひとりでたどりつき最後に知っていた。
エルヴィス、あなたのやり方で。
クロージングに歌われた<マイ・ウェイ>・・・総立ちの観衆の熱狂的な歓声と鳴り止まぬ拍手を最後にステージを去った。

エルヴィス・プレスリーには野心がなかったという声がある。
世界一のセールス枚数が野心そのものではないのか。
音楽は頭で考えるものではなかったか。
野心とはなんだろう?
疑問は、疑問は・・・<わたしのやりかた>の歌声のなかに消えていく・・・。



エルヴィス・アロハ・フロム・ハワイ



エルヴィス・アロハ・フロム・ハワイ
ELVIS ALOHA FROM HAWAII VIA SATELLITE

全世界36ヶ国にリアルタイムで
癌基金のチャリティ・コンサートを放送。
前人未踏「15億人が同時に観た」という事実。

『世界初。衛星中継はエルヴィスから始まった』



エルヴィス・アロハ・フロム・ハワイ

73年1月14日、午後12時30分にスタートさせたステージ。深夜になったのは世界の時計を見た上でのスタートで丁度日本では日曜日のゴールデンアワーになった。

エルヴィスプレスリーが民間人として初めて宇宙中継を使って全世界36ヶ国にリアルタイムで見せた渾身のステージは、さすがのエルヴィスをもってしても緊張は隠せず、完成度は高いと言えないが、特別なオーラに満ちていた。

<ELVIS ON STAGE>の中にトム・ジョーンズからの電報をエルヴィスが読み上げる場面が挿入されている。

当時日本でもトム・ジョーンズのショーが毎週テレビ放映されていて、そのワイルドなパフォーマンスはバンド全盛の時代に<想い出のグリーングラス><最後の恋>などをヒットさせ、ひとり気を吐いていたように記憶する。

<ELVIS ON STAGE>を最初に観た時、すごい衝撃を受けたことは当然だが、ある違和感も感じた。「エルヴィスがトム・ジョーンズになってしまった?」という思いだ。違和感はひとときで、まぎれもなくエルヴィスだけの空間がそこにあることを思い知らされた。


最後にOKサインを送ってくれた時には、やたら嬉しかった。

それにしても「エルヴィスがトム・ジョーンズになってしまった?」という思いは私だけだっただろうか?68年のテレビスペシャルは明らかに50年代のエルヴィスだった。そのアクションがまったく変わってしまっていたのだ。


1973年1月14日午前0時30分、公的なものは別として、世界初の衛星中継が全世界が向けて行われた。ホノルルにいるエルヴィスがテレビ画面に現れたを観て「存在感がすごい!」と感じた。頭がそれでいっぱいになった。

ビートルズも観た、トムジョーンズも観た同じテレビ画面で観るエルヴィスは『比類なき存在感のすごさ』だった。とにかく大きく感じた。異様なまでの存在感だった。

ひとりの人間があれほど大きく感じたことは後にも先にもない。いま「カリスマ」という言葉が氾濫しているが、正真正銘の「カリスマ」とはこのことだろう。

トムジョーンズの身のこなしに似ているのことへのわだかまりが、完全に消え去っていた。比較したことが間違いだっだ。ホントに凄かった。


このパフォーマンスは決してそのキャリアの中ではベストなものではない。それでも凄かった。
私は「そして今は」を「フィーバー」を歌うエルヴィスには違和感がある。


それでもこのハワイのビデオで「そして今は」を観てると知らない間に、目頭が熱くなるし、「フィーバー」を歌う姿に誠実さを感じて知らない間に和んでしまっている。

エルヴィスとひとくちに言っても、いろんなエルヴィスがあって、人それぞれに楽しみ方も違う。どれがいいも悪いもない。

いま日本ではエルヴィスを登場させたラーメンのCMが放送されている。アメリカではそっくりさんが多くのCMに出てきてTHANKYU VERY MUCHとやってはいるが、本人をCMに登場させたの日本だけでしょう。

ナニはともあれエルヴィスの映像が流れてくるのは楽しみではあるが、正直いって自分自身個人としては、エルヴィスの一生懸命が、このような形で使用されることが切ない。ピカソの絵をスーパーのチラシのイラストに使うのと同じような気がするのです。

かってハリウッドがエルヴィスさえ出てたらストーリーなんてどうでもいい、「損益分岐点」だけにしか興味がない連中にいいようにやられた悔しさと危惧が脳裏をかすめるのです。
誤解されると困るのですが、あくまで一個人の思いなので、楽しんでいる方は楽しンでいただくといいのです。


それにあのCMに悪意があるわけでもないし、エルヴィスを知らない世代にはエルヴィスに関心を持つ機会になるでしょうし
「全世界36ヶ国にリアルタイムでライブを放送。15億人が観た」という事実。「世界初。宇宙中継はエルヴィスから始まった」という人類の歴史としての事実を伝える機会としてエルヴィスをアピールしたいですね。

あの時、地球という空間を飛び交った<KING OF THE ROCK'N' ROLL>だけが持ちえたきらめきが確かにあった。それをこのアルバムは必ずしも伝えきれていないもどかしさがあるものの、「衛星中継」という最先端の技術をアメリカが誇るアメリカ音楽界最強の巨星を使って世界に披露したという歴史を正当に評価してほしいのです。



<I'LL REMEMBER YOU>を歌うエルヴィスがバンドの連中に投げかける笑顔、<アメリカの祈り>を歌うときに汗が涙のように一筋流れる瞬間などなど、表情のひとつひとつに、全世界を相手にエルヴィス・プレスリーという看板をたったひとりで背負って、命がけで歌っている男のきらめきが宿っていることを再検証しましょう。




Introduction: Also Sprach Zarathustra 
        (Theme From 2001: A Space Odyssey Theme)
2. See See Rider 
3. Burning Love 
4. Something 
5. You Gave Me A Mountain 
6. Steamroller Blues 
7. My Way 
8. Love Me 
9. Johnny B. Goode 
10. It's Over 
11. Blue Suede Shoes 
12. I'm So Lonesome I Could Cry 
13. I Can't Stop Loving You 
14. Hound Dog 
15. What Now My Love 
16. Fever 
17. Welcome To My World 
18. Suspicious Minds 
19. Introductions By Elvis 
20. I'll Remember You 
21. Long Tall Sally / 
Whole Lotta Shakin Goin' On 
22. American Trilogy, An 
23. Big Hunk O' Love, A 

2014年9月21日日曜日

マイ・ボーイ/My Boy



マイ・ボーイ/My Boy

人には別離がつきものです。
命に限りがある以上、避けては通れません。

<ザ・キング・オブ・ロックンロール>エルヴィス・プレスリーのことを<痛みのアーティスト>とも言います。

彼の痛みとはなんだったのでしょう。

エルヴィスに憧れ、エルヴィスの家に忍びこんだ、ブルース・スプリングスティーンさえも、「なんであのエルヴィスがあんな死に方をしなければいけなかったんだ」と言うほど、その死は痛々しくもありました。

しかし、そうだったのでしょうか、疑問が残らないわけではありません。





エルヴィスは貧しい家庭に生まれましたが、一卵性双生児で兄が死産だったこともあり、母親は貧しさのなかで、エルヴィスを愛し守り育てました。

エルヴィスは、物心ついてからずっとそのありがたさを肌で感じてきました。しかも瞬く間に世界中をとりこにするほどの感受性豊かな人間に成長しました。

その感受性が生涯エルヴィスを苦しめます。

普通、子どもは成人すると、見守ってくれる事は望んでも、愛されることに、特に愛されすぎることを嫌悪します。

しかしエルヴィスは母親が作ってくれた衣装を着てステージに立ち、母親を命がけで守ろうとしました。
その母親は他界します。エルヴィスが兵役に就いていた時期のことです。傍にいてやれなかったことは、彼をどん底に突き落としたことは容易に想像がつきます。

その悲しみにくれる混乱期を支えたのが、後に結婚することになる可愛い恋人でした。後にエルヴィス邸を訪問した小泉首相、ブッシュ大統領と共に、映っていた女性です。

70年代ステージに立ち続けるにつれ、結婚生活も破綻していきます。正確には破綻させたようにさえ映ります。

そこにエルヴィス・プレスリー本人さえ気づかない人生脚本が隠されていて、彼は母親の死から死のゴールに向かってロックンロールのようにひた走っていたようです。奇妙なことにエルヴィスの死は母親に酷似しています。年齢、体調の崩し方、決定的な死因までそっくりです。

エルヴィスは母親との別離が出来なかった人です。人は別離ることができないと死に至るのです。
愛に応えたい、応えても応えても、応えたりない思いは痛み。

自立した子どもは親に興味を持ってほしいと思いながら、むやみに愛してほしくはない。親は子を思い、どれだけいたわり尽くしても、その現実を受け入れるしかないのです。


共に別離を覚悟して生きることが必要なのでしょう。

多くの動物たちと同じように、人もまた。





<マイ・ボーイ>はエルヴィスの離婚直後にリリースされ、ファンならずとも、その痛ましさに驚いた名曲です。

ファンは、歌は息子になっていますが、愛してやまなかった一人娘、リサ・マリーとの別れを歌ったものと想像しました。



息子よ、
眠っているのは知っているけどどうしても待てないことなんだ
手遅れになる前に説明しておきたい
ママとパパの愛情がついに枯れ
うちはもう幸せな家庭ではないことをでも、
できるだけの努力はしたんだよ

★息子よ、私の全てである
おまえは私の人生であり、誇りであり、喜び
私がここに残るとしたら、それはおまえのためだけ

なぜこんなことになったのか理解するのは難しいだろう
パパとママはまるで他人のように
互いの気持ちを動作にあらわすだけ笑い、泣き、全てに負け
できることは何もかもやったでも、
今まで通りにここで暮らすよ

くり返し★

さあ、眠りなさいおまえは何も聞かなかった
その小さな夢を壊し辛い思いをさせる必要などない
人生はお伽話なんかじゃないと

いつかきっと分かる日がくる

でも、今はまだ幼いおまえだから
ここでおまえの成長を見守ろう




You're sleeping son I know
But I really just can't wait
l wanted to explain before it gets too late
For your mother and me love has finally died
This is no happy home
But God knows how I tried

* Because you're all I have my boy
You are my life my pride my joy
And if I stay I stay because of you my boy

know it's hard to understand
Why did we ever start
We're more like strangers now
Each acting out of herat
I've laughed l've cried l've lost every game
Taken a that I can take But l'll stay here just the same

Repeat *

Sleep on you haven't heard a word
Perhaps it's just as well
Why spoil your little dreams
Why put you through the hell Life is no fairy tale

And one day you will konw
But now you're just a child
I'll stay here and watch you grow

Repeat 2 times



エルヴィスの汗は涙に見えます。

エルヴィスが母を心配して過ごした日々、
それはとっても素敵なGOO TIMESだったのでしょう。きっと。





2010年9月25日土曜日

君のいない淋しさ / I MISS YOU



君のいない淋しさ / I MISS YOU

" I MISS YOU"・・・人間の数だけの”I MISS YOU ”がある。
エルヴィス・プレスリーはしっかりと一語一語確かめるように歌う。
コーラスも同じようにしっかりと確かめるように。それは未練ではなく、戦いの詩。

いつか神様は願いを叶えてくれるかも分からない。あるいは叶えてくれないままかも知れない。

所詮人生はゲームのようなもの。
ジャック・ケルアックが言ったように「街角に立って決してやってこない人を待つのがパワーなんだ。 」という姿勢こそ魂の恍惚には時には重要なのかも知れない。

かってアレン・ギンズバーグなどビートの根城だったニューヨーク「チェルシー・ホテル」---ボブ・ディランは詩を書き、ジョン・レノンもよく利用した。セックス・ピストルズのシドが恋人ナンシーを殺害した場所でもある。忌わしい事件も起こったが、そこには伝説のゴーストたちが棲むという。

映画『チェルシー・ホテル』の一場面、ユマ・サーマンの傍らに『監獄ロック』でのセーター姿のエルヴィスがスチール写真で印象的に登場する。
このホテルとエルヴィス・プレスリーの関係はないはずだが、伝説のゴーストが棲むならエルヴィスのゴーストが住んでいても、雰囲気的にハマっていて違和感もない。

人は自分だけの伝説を持つことができる。時にそれは過酷であっても、抱いていた夢、計画や明日への希望が壊れても、そのひとかけらを持ち続けることはできる。

<君のいない淋しさ/I MISS YOU>は、まだ終わらない夢を持ち続ける。この歌が素敵なのは、未練を超えて律儀なまでに真摯に歌っているせいかも知れない。それは戦いそのものでポジティブ。エルヴィスが表現する「潔さ」が胸を打つ。

メンフィスのスタックス・スタジオでのレコーディングで占められている1973年発表のアルバム『ロックンロール魂』にあって、<君のいない淋しさ/I MISS YOU>はパームスプリングスにあるエルヴィスの別荘での録音。コーラスにはエルヴィスのバックを務めたJ.Dサムナーの息子、トニー・サムナーが参加、それもそのはず<君のいない淋しさ/I MISS YOU>は彼の創作した楽曲。

アルバム『ロックンロール魂』には、同じパームスプリングスでの録音で<君のまごころ>があるが、こちらは絶品のセリフ入り。共に受けを狙わうようなものではない。そのせいかとってもエルヴィスの声からも自由な感じが聞こえる、地味だけどしっかりと落ち着いた、人間の覚悟のようなものが漂って成熟ならではの凄みのあるパフォーマンスだ。

今も想い起こす
共に過ごした佳き日々のすべて
二人分かち合った愛と
喜びと笑い
今夜の僕の心の語らいが
君に感じ取ってもらえたらと願う、いとしい人
君が恋しい、君がここに居てくれたらと願う

かつて僕が抱いていた夢は
みんな壊れてしまった
悲しみの中に打ちくだかれた
僕がたてていた計画や
明日への希望
もし今夜のこの僕の淋しさを
君に話すことが出来たらと思う
ああ、君が恋しい、君にここにいて欲しい

一晩じゅう
僕は流れゆく霧を見つめ
そのはるか彼方から響いてくる
君の笑い声を聞く
僕の手を握りしめる君の手の感触
どれほど恋しいことだろう
ああ、君が恋しい 君がここに居てくれたら
おお、君が恋しい 側に居て欲しいんだ

2010年9月21日火曜日

約束の地 / Promised Land



約束の地 / Promised Land

エルヴィス・プレスリーが1973年に発表した傑作<約束の地>は、70年代のエルヴィスを代表するアルバムのひとつ。(アルバムのリリースは1975年1月)

73年12月に<約束の地>と併せてメンフィス・スタックスタジオで録音された<悲しみの夜><俺を忘れろ!>は勿論いいが、ボクは表題曲の<約束の地>が好きだ。

 エルヴィスはチャック・ベリーの作品を何度もカヴァーしているが、<約束の地>では最高のカヴァーを聴かせてくれる。エルヴィスとバンドの息のあった大人のロックンロールバンドのドライブ感が最高だ!エルヴィスとバンドの息のあった大人のロックンロールバンドのドライブ感が最高だ!

まずベースのイントロ、続いてエルヴィスのかけ声でスタートする。一気にアグレッシブに攻めるが、1コーラス目はピアノは入らず、最初の間奏でピアノで突撃してくる。この突撃にはボクは雄叫びをあげまくります!(エルヴィスが世界一速いピアノ弾きと言ってた、そう、あの男です、グレンが笑みをを浮かべながら弾んでる!)

2コーラスはピアノがガンガン攻め暴れまくり、2コーラス目が終わった所でギターの逆襲!3コーラスはエルヴィスも「もっと行くぞ」って感じで、ひとり二役自らのハーモニーボーカルも入れて、全員でアグレッシブに攻めまくり、ノリにノッたプレイをしてくれます。

体の芯までロックのリズムがしみ込んだ職人連中が、ロックだとかR&Bとか講釈たれずに、ガンガン好きに楽しんでる感じがうれしい!ボクはこのピアノとエルヴィスの声に弾かれてどこかに転がっていきそうです。

車に積み込んで思いきりボリュームあげればいやでも転がる。目的地は<約束の地>だそうだが、いつの間にかI don't care!

アーリー60のエルヴィスの軽やかさとはまた違う軽さと美しさ。

 ♪バージニア州はノーフォークの故郷を離れ
 目指すは一路カリフォルニア
 グレイハウンド(バス)に飛び乗りローリーを抜けて
 ノースカロライナ州を横切った

 アラバマ州も中程で
 エンジントラブル発生だ
 バスの故障で立往生だよ
 バーミンガムのダウンタウンで

 汽車の切符をすぐさま買った
 ミシシッピー州を横断するヤツさ
 バーミンガムから夜行に乗って
 ニューオーリンズヘまっしぐら
 ルイジアナ州から出るのに手を貸して
 ヒューストン(テキサス州)まで行きたいんだ
 そこにはオイラを大事に思い
 歓迎してくれる人たちが住んでいる

 着くやいなやシルクのスーツに
 スーツケースまで持たせてくれて
 気がついたらアルバカーキー(ニューメキシコ州)の上空を
 ジェット機で約東の地へと向ってた

 ★Tボーンステーキ・アラカルトに食らいつきなから
 ゴールデン・ステート(ヵリフォルニァ州のあだ名〕ヘひとっつ飛び
 ちょうどその時パイロットが言ったよ
 あと13分でゲートに到着しますと

 ☆着陸寸前、ゆっくり降りろよ
 ターミナル・ビルまで滑るように走れ
 エンジン切ったら翼を冷ましな
 そしてオイラに電話をさせとくれ

 ◆ロサンゼルスの交換台、バージニア州はノーフォーク
 8433・928・374の1009につないでおくれ
 故郷のみんなに伝えて、約束の地にいる
 貧乏人の男からだと

 くり返し★

 くり返し☆

 くり返し◆ ♪


「約束の地(Promised Land )」としたアルバムには、以下のナンバーが収録されています。

1.Promised Land /約束の地
2. There's A Honky Tonk Angel /ホンキー・トンク・エンジェル
3. Help Me /ヘルプ・ミー
4. Mr Songman /ミスター.ソングマン
5. Love Song Of The Year /思い出のラヴソング
6. It's Midnight /悲しみの夜
7. Your Love's Been A Long Time Coming /愛は遠くから
8. If You Talk In Your Sleep/俺を忘れろ!
9. Thinking About You /シンギング・アバウト・ユー
10. You Asked Me To/ユー・アスクト・ミー・トウ

2010年6月12日土曜日

フール/FOOL



フール/FOOL

 ”エルヴィス・プレスリーの聴き方”は大体こんな形だ。

 聴きこんだCDを引っ張り出して来てラジカセに乗せて回す。
 当たり前の様に音が出てくる。
 いくつかの曲が流れる内に「スゴイなあ」と驚くものに出会す。
 聴く度に新しいナニかを送り込んでくれる。
 感動が溢れて、数日、あるいは数週間聴き続ける。流石に飽きて来る。

 2~3日、で、またCDジャケットを眺めながら、選択する。
 「またか」と思い、少しため息が出る。最初の手続きに近い。
 で、また聴きこんだCDを引っ張り出して来てラジカセに乗せて回す。
 当たり前の様に音が出てくる。やはりいくつかの曲が流れる内に「スゴイなあ」と驚く。 で、
 また聴く度に新しいナニかを送り込んでくれる。
 ほぼ同じことを繰り返している。同じ曲に数えきれない驚きを繰り返しながらCDが増えていく。

 CDショップではエルヴィス・コーナーへ行く。
 自分の行くショップはかなりの量のエルヴィスの在庫が日本盤(ほぼ完璧と思われる在庫)と輸入盤ともに常時ある。しかも日本盤と輸入盤が店の左右の壁際にあるので、毎回その間を脇目もふらず往復する。

 正真正銘の右往左往なのだが、眺めているだけで、大抵は買わずに帰る。
 すでに持っている曲を集めて編集した新譜は悩みのタネだ。
 自制する力がなんとか機能している点で、自分を信用することが少しは残っている。
 しかし手に入れなかったCDのジャケットが頭から消えてなくなるわけでなく、ひっかかっている。

 そういえばエルヴィスは「フック(ひっかかり)が大事なんだ」と言っていた。
 しみったれたことだが、眺めて安心しているのだ。
 多分。

 それはエルヴィスに会いに行くような気分に近いのかも知れない。
 ストックがあることで安心する。

 一番嬉しいのは、減っていたアルバムが大量に増えている時だ。
 先日は『バラード2』が大量に増えていた。
 しかし時々、同じことを繰り返している自分に気がつき落ち込む。
 始末に悪いことに他のショップでも同じことを繰り返している。
 時間にゆとりがある暮らしをしているわけではないのだが、それが気分転換になっているのなら安いレクレーションと割り切っているのがいいのだろう。

 それにしても、長きにわたってエルヴィスの創造したものが、飽きさせないのは、聴くたびに新しいナニかを送りこんでくれるからだ。
 きっと、その最大の原因はエルヴィスの芸術が、すべて相反する二面性によって創造されているからだ。
 それはいかなることにも束縛されたりしないんだと言ってるように思える。
 白か黒か、○か×か、いいか悪いか、好きか嫌いか、右か左か、怒りか許容か、悲しみか喜びか、ぼくたちの人生はその間を右往左往しているにすぎないと思えることさえあるほど選択に悩まされる。

 エルヴィスを想うにしてもサンのエルヴィス、入隊までのエルヴィス、60年代のエルヴィス、70年代のエルヴィス、選択することが日常的に慣れっこになってしまったせいか、ぼくたちはそんな風に分けたりして評価もする。多分意味のないことだ。

 エルヴィスはどんなにベストを尽くしてそんなことをしても、自分の中から湧き出る喜びを誰も凹ませたりできないんだよ。と唇をゆがめて笑っていたのかも知れない。
 最終的に世俗的な意味で悲劇の内に自らのドラマを閉じたが、二面性を考えると本人は悲劇を楽しんでいたのではないのかという気さえしてくるのだ。

 「この世界は決して白でも黒でもない、レインボーカラーなんだ。
 だけど、みんなが白か黒かに決めたいのなら、決めてあげよう。
 どうだい、悲劇色にしておこうか、そう、僕は感傷的になるのが好きなんだ。ただ、好きなだけなんだ。」

 それはエルヴィスの数多くの芸術がエルヴィス自身を超越して実証しているような気がするし、だからこそエルヴィスの音楽が芸術と呼べる理由のひとつなのだ。

 人には苦悩や罪がつきまとうが、それらに束縛されることなどナニもない。
 ましてや知らない間に背負っている大抵の罪はいわれのない罪だ。
 人は自由であり、完全でない罪に対して支払うべきものなどナニもない。
 悲しみの最中にあっても本当の意味で生きる喜びを誰も凹ませたりできない。

 「生きる」前には悲しみだって調味料でしかないという強靱さと優しさを表現しているのがエルヴィス・プレスリーの音楽だ。
 あの衝撃のデビュー曲<ザッツ・オールライト、ママ>から、一貫してエルヴィスの全音楽を貫いている『骨太の芸術』だ。

 つまりそれは悲劇の歌の中を悲しみを突き抜けた偉大な明るさが佇んでいることだ。
 それは、ほとんどの曲に発見できる。
 エルヴィス・プレスリー自身、自分のことを「風変わりな人間」と称していたが、その体裁の向こうにはとても複雑なものが存在している。

歩けば転ぶ、また立ち上がればいいーーーー
だけど真実の愛なら失わないで、六月の花嫁に幸せを。

バカだね、彼女を傷つけずに済んだのに
バカだね、彼女を失うことはなかったのに
バカだね、愛すればよかっただけなのに
だけどもう、愛は去ってしまった

バカだよ、彼女は求めていたのに
バカだよ、彼女からも愛されたのに
バカだよ、愛すればよかっただけなのに
だけどもう、愛は去ってしまった
消えてしまった、愛と笑い

朝からのことを思い起こす
気づくことはできなかったのか、彼女の瞳が痛々しく
もう、終わりねと言っていたのを

バカだね、彼女を傷つけずに済んだのに
バカだね、彼女を失うことはなかったのに
バカだね、愛すればよかっただけなのに
だけどもう、愛は去ってしまった

バカだよ、愛すればよかっただけなのに
あの,恋はもう消えてしまった

バカだよ、彼女は求めていたのに
バカだよ、彼女からも愛されたのに
バカだよ、愛すればよかっただけなのに
だけどもう、愛は去ってしまった

バカだね、彼女を傷つけずに済んだのに
バカだね、彼女を失うことはなかったのに
バカだね、愛すればよかっただけなのに
だけどもう、愛は去ってしまった

 盲目の人が杖を奪われた頼りなさを、嘆くこともせずに、これまで歩んだまっすぐな道を黙してまっすぐに進みながら歌っているような気がして、聴く者を圧倒する孤高の美しさを感じてしまうこの曲<フール>はプリシラと別れた直後、72年3月28日の録音。<別離の歌>も同日の録音。ともにエルヴィスの心情をそのまま歌ったような楽曲は何度聴いても胸を打つ。

 映画『エルビス・オン・ツアー』の中では<別離の歌>を演奏しているシーンが挿入されている。
 映画では<別離の歌>が流れる中、演奏シーンから早朝の寒々しい空港をエルヴィスとバンドのメンバーが乗り込んでツアーに出発するシーンに変わっていくが、いいようのない哀感が漂う印象深い場面になっている。

* Fool, you didn't have to hurt her 
Fool, you didn't have to lose her 
Fool, you only had to love her
But now the love is gone

* *Fool, you could have made her want you
Fool, you could have made her love you
Fool, you only had to love here
But now the love is gone

Gone now, the love and laughter
See yourself the mornin' after
Can't you see her eyes all misty
As she said goodbye

* Repeat

Fool, you only had to love here
But now the love is gone

* * Repeat

* Repeat

バカだねが響く。
響くほどにバカが痛い。
バカ痛いぞ!
でも泣いていいんだと
歌ってくれた。

2010年4月25日日曜日

ロックン・ロール魂



ロックン・ロール魂 / Raised On Rock

覚えているけど子どもの頃は
いつも聴いだものだった
彼等のフィーリングあふれた音楽を
フォークと呼ぶやつもいれば
ソウルというやつもいたが
皆さん、言うなればそれがロックンロールだったのさ

      俺はロックで育った男
      俺の魂の中にはリズムがつまっている
      毎日家に帰るとすぐに
      ラジオのスイッチを入れたものだった

俺のアイドル連が作り出す音楽を聴き
DJがかけるシングル・レコードの全てを
俺は知っていた「ホンキー・トング」や「ハウンド・ドッグ」
「ジョー二一・B・グッド」や「チェイン・ギャング」
「ラヴイズ・ストレンジ」や「ノック・オン・ウッド」など

      俺はロックで育った男
      俺の魂の中にはリズムがつまっている
      俺は生まれついてのビート好き
      俺はロックン・ロールで育った男

俺はそんな音楽も一時の流行で
通り過ぎてしまうものだと思ってた
だが若い世代の連中は
終わりにならないと知っていたのさ

時は過ぎていくけれど
ビートはそのまま続いている
そしてそれを耳にするたぴに
俺はふるさとに連れ戻される

       俺はロックで育った男
       俺の魂の中にはリズムがつまっている
       俺は生まれついてのビート好き
       俺はロックン・ロールで育った男

ママがかけるレコードといったら
ベートーヴェンの第5とか
モーツァルトのソナタとか
もっぱらクラシックいっぺんとう

   俺のパパはカントリーが好きで
   俺が裏の部屋でロックにしぴれている時に
   カントリー・ソングばかり
   聴いていたものだった

     時は過ぎていくけれど
     ビートはそのまま続いている
     そしてそれを耳にするたぴに
     俺はふるさとに連れ戻される

                       (川越 由佳氏:訳)


断絶が当たり前と思い込むより、共感を当たり前とする世の中の方が楽しい。

<ロックン・ロール魂( Raised On Rock )>は メンフィス・スタックス・スタジオで73年7月23日に録音された70年代エルヴィス・プレスリーのすてきな曲のひとつです。南部ならではのドライヴ感がカッコいい、素晴らしいものです。
  
ベストアルバムにはあまり収録されないけれども、<約束の地><恋のトラブル><ムーディ・ブルー>と 並んでボクは大好きです。

21世紀においては、 オレのパパはカントリーばかり聴いていたというわけにはいかない。カントリ-はアメリカの心の音楽だから、いまもバリバリに人気。カントリ-もロックと融合しています。
  
いまでは、ロックは父と息子を繋ぐ音楽です。

      それにしても、この<ロックン・ロール魂>
      ・・・断絶ではなく共感ですよね。
      表向きは聴いている音楽が違うものの、
      父の背中を見て暮らす息子が浮かび、
      互いの違いを認め合いながらも、
      家族の共通項を探す男が素敵な曲です。

そのあたりをエルヴィス・プレスリーはロックゆえにお得意のカントリーぽい淡々とした パフォーマンスに乗せて 見事に表現していますよね。
  
ロックンロール賛歌の裏側にある家族の心の絆をエルヴィスがロック魂に乗せて歌えば、胸騒ぎするようなドラムスが男気でサポート!(◎_◎)

ジェリー・キャリガンとロニー・タットのダブル・ドラムの一方がタム、シンバルでビートを叩ききれば、一方はスネアで大気ふるわせる、根性入ったコンビネーションが魅力ですが、さらにアル・ジャクソンがパーカッションで参加?聴くものの脳まで震わせる応援がとんでもない魅力です。:-O

親父はエルヴィス、息子はマリリン・マンソンもあれば
親父はビートルズ、息子は奥田民生というのもあり。
おっと 母親はエルヴィス、娘もエルヴィスもあります。\(^o^)